はじめに
オリンピックやワールドカップといった国際大会が近づくと、日本中が熱狂します。メディアは「日の丸を背負った戦い」と報じ、国民も「メダルは何個か」「金メダルは取れるのか」と大きな期待を寄せます。しかし、その期待の大きさが、時に選手たちを追い詰めてしまうこともあるのではないでしょうか。
ここで改めて考えたいのは、日本における「プロスポーツ」と「そうではないスポーツ」の違いです。野球やサッカーのように、プロとして十分な収入を得られる競技と、陸上や水泳のように仕事をしながら、あるいは企業の支援に頼りながら続けている競技。この違いを無視して、同じ「国の代表」として過剰な期待をかけるのは、果たして正しい姿なのでしょうか。
プロとして稼げる競技と稼げない競技
野球――WBCが象徴する「プロの祭典」
日本で最もプロ化が進んでいるのは、やはり野球です。NPBの平均年俸は約4,000万円、トップ選手は数億円を稼ぎ、メジャーリーグに挑む選手は年俸数十億円に達します。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)はまさに「世界最高峰のプロ野球人」が国の代表として戦う舞台です。だからこそ、ファンが結果を願い、勝利に期待する気持ちは自然なことだと思います。
サッカー――海外組がけん引する代表
サッカーもJリーグ開幕から30年を経て大きく成長しました。J1では数千万〜億単位の年俸を得る選手もいますが、平均するとまだ野球には及びません。それでも、欧州リーグで活躍する選手は世界トップクラスの環境で鍛えられており、その存在が日本代表の力を底上げしています。ただし、チーム全体の層の厚さでは南米や欧州列強にはまだ差があります。「世界一」を狙える段階に至るには、もう少し時間がかかるのかもしれません。
バスケットボール・バレーボール――個の力とチームの厚み
バスケットでは八村塁選手や渡邊雄太選手がNBAでプレーし、日本人選手の可能性を世界に示しました。しかし国内のBリーグは発展途上であり、収入面でも選手によって大きな差があります。バレーボールも同じです。個々の選手は世界に通用しても、リーグ全体の資金力や選手層の厚みでは国際的な強豪国に及んでいません。
実業団や副業に支えられる五輪競技
一方、オリンピックで注目を浴びる競技の多くは、国内ではプロとして生活できるだけの仕組みが整っていません。
陸上、水泳、体操、柔道、レスリング――これらは世界でメダルを狙える選手がいますが、その多くは「企業の実業団枠」や「公務員としての職務」、そしてスポンサー契約に頼っています。現役を引退すれば、一般企業に戻るか、指導者の道を歩むことがほとんどです。つまり「競技と仕事の両立」が前提になっているのです。
それにもかかわらず、オリンピックが始まると「金メダルを取って当然」という雰囲気が広がります。結果が伴わなければ批判や落胆の声が向けられることもあります。これは、選手にとって本当に酷なことだと感じます。
「日の丸を背負う」という呪縛
日本では「国の代表」となることの意味が特別に重く語られます。メディアも「日本の期待を背負う」「国民の夢を託す」と大きな言葉を並べます。しかし、選手たちは必ずしも「国のため」にだけ競技をしているわけではありません。多くの場合、「自分の限界に挑戦したい」「競技そのものが好きだ」という純粋な動機が根っこにあります。
国際大会に出れば、確かに国旗を背負うことになります。でも、その瞬間に「勝たなければならない」「メダルを逃せば失敗だ」と過度な圧力をかけるのは、選手の心を追い詰めてしまうのではないでしょうか。
プロ競技は結果を求めてもよいのか?
野球のWBCやサッカーのワールドカップのように、明確に「プロ」として活動している選手には、どうしても結果を願う気持ちが寄せられます。それは自然なことですし、選手たちもその重みを理解してプレーしています。
とはいえ、プロの選手も人間です。時にはミスをしてしまうこともありますし、運や不運によって勝敗が決まることもあります。どれだけ準備をしても、勝負に絶対はありません。だからこそ、「勝てるはずの試合を落とす」「格下に敗れる」といった不確実さが、逆にスポーツの魅力を作り出しているのです。
だから私たちは、プロ選手に結果を願う気持ちを抱きつつも、ミスや敗北を「裏切り」として責めるのではなく、「勝負の世界にはつきもの」と受け止める姿勢を持つべきだと思います。その方が、選手を尊重しながら応援できるのではないでしょうか。
選手を追い詰めないために
大切なのは「期待」と「応援」のバランスです。
- プロの選手には結果を願う気持ちが自然に寄せられますが、同時にその努力や挑戦を尊重することが必要です。
- アマチュア主体の競技では、勝敗以上に「挑戦そのもの」を称えたいものです。
「負けたから残念」「メダルを逃したから叩く」という見方ではなく、そこに至るまでの努力や過程を評価することが、スポーツを本当に楽しむ姿勢につながるのではないでしょうか。
結論
日本のスポーツには、プロとして高額の収入を得られる競技と、生活の基盤を別に持ちながら挑戦を続ける競技が混在しています。その現実を理解しないまま、すべての代表選手に「金メダル」を期待するのは酷です。
プロの選手には、どうしても結果を願う気持ちが寄せられます。 しかし同時に、彼らもまた人間であり、勝負に絶対はありません。だからこそ、挑戦の過程を称え、敗北すらもスポーツの一部として受け止めることが必要だと思います。
日の丸を背負う重圧を、応援する私たちが少しでも軽くしてあげること。それこそが、真の意味で選手を支えることにつながるのではないでしょうか。


