序章 全国で増えるクマ出没ニュース
近年、日本各地で「クマが人里に出没」「住民が襲われる」といったニュースを目にすることが増えています。2023年度には、全国で過去最多となる約19,000件の出没が報告され、212人が被害に遭い、6人が命を落としました。人々の暮らしと野生動物との距離は、確実に縮まっているのです。
ニュースの見出しだけを追うと「クマが人間社会を脅かす存在」と映るかもしれません。しかし、その背景をたどれば、クマが人里に現れるようになった原因の多くは人間側の環境改変にあります。果たして私たちは「クマを脅威」として排除するべきなのか、それとも「共存の方法」を模索するべきなのか。本記事ではその現実と課題を考えていきます。
第一章 クマ出没が増える原因とは?餌不足と人間の開発
1. 森の変化と餌不足
クマは本来、ブナやミズナラの実、山菜、川魚などを食べて暮らしています。しかし地球温暖化や森林の変化によって、これらの実りが不作となる年が増えています。特に2023年は東北地方でブナの実が大凶作となり、多くのクマが人里へ下りてきました。餌不足はクマ出没を直接的に増加させる要因です。
2. 人間による生息地の分断
森林伐採、ダム建設、太陽光発電設備の設置などは、クマの行動範囲を狭めてきました。例えば、山奥まで延びる林道は資材搬入や観光目的に作られますが、クマにとっては人里へ通じる「新しい通路」にもなってしまいます。人間の利便性追求が、結果的にクマを市街地へ近づける原因となっているのです。
3. 里山管理の衰退
過疎化によって耕作放棄地が増え、畑や果樹園が野生動物の餌場となっています。かつて人の手で保たれていた「里と山の境界」は曖昧になり、クマが人里に現れるハードルは格段に下がっています。特に東北や中山間地域では、人口減少とクマ出没が連動していると指摘されています。
第二章 クマ駆除は是か非か?人命と動物保護のジレンマ
クマが人間を襲い、死傷者が出ている事実を前に「駆除はやむを得ない」とする意見は根強くあります。実際に、人間の食べ物を覚えた「問題個体」は再び人里に現れる確率が高く、危険性は増します。人命を守るため、自治体は駆除に踏み切るケースが多いのです。
一方で、駆除には必ず批判が伴います。「かわいそうだ」「人間の勝手だ」という声が、SNSを通じて全国から寄せられます。確かに、出没の背景を作ったのは人間社会であり、「被害者はむしろクマではないか」という視点も無視できません。駆除は「人命の安全」と「野生動物の命」のせめぎ合いであり、簡単に解決できる問題ではないのです。
第三章 クマ被害を防ぐ予防策と共存への道
駆除だけでは「いたちごっこ」になります。必要なのは、人里にクマを呼び寄せないための予防策です。
- ゴミや生ゴミを放置しない(匂いを覚えると繰り返し出没します)
- 果樹園・畑には電気柵を設置する(農業被害を防ぐために有効です)
- 耕作放棄地を整備する(放置すると餌場になってしまいます)
- 山の餌資源を回復させる(堅果類の森を再生させることが重要です)
また、行政や研究者は「問題個体の選別駆除」という考え方を重視しています。すべてのクマを排除するのではなく、人間に繰り返し接近する個体に限定して対処することで、生態系のバランスを守りながら安全を確保する試みが進められています。
第四章 知床のヒグマに学ぶ「共生の観光ルール」
北海道・知床半島は、日本でも有数のヒグマ生息地です。羅臼岳や知床五湖でクマに遭遇するのは「特別」ではなく「日常」です。ここで大切なのは、人間が「クマの住処に入らせてもらっている」という意識を持つことです。
観光客が軽装で山に入り「クマが危ない」と騒ぐのは、人間の都合にすぎません。クマがいるのが当然の場所に足を踏み入れるのであれば、装備・知識・ルールを備えた上で行動すべきです。
知床では以下のような観光ルールが徹底されています。
- ガイド同行が義務化されるエリアがある
- 食べ物の管理を厳格化している
- クマ出没時は立ち入り制限を実施
これらは「クマと共にある自然」を守るために、人間の行動を律する仕組みです。知床の事例は、人間とクマの共存を考えるうえで大きなヒントになります。
第五章 人間とクマの共生に必要な社会的合意
人間とクマの共生を考えるとき、避けられないのは「どの地点で命を守るために駆除を容認するのか」という社会的合意です。
- 人間の安全を最優先にするのか
- 野生動物の命を最大限尊重するのか
- その折衷点をどう設定するのか
この議論を地域ごとに進め、明文化し、住民が納得できる形で運用していくことが不可欠です。行政だけでなく住民参加型の議論こそが、真の意味での「共存」につながります。
結章 人間の責任と未来への第一歩
クマ出没の背景には、自然破壊や里山管理の衰退といった人間社会の構造的問題があります。したがって「クマが悪い」のではなく、人間が作った環境にクマが適応した結果と見るべきです。
そのうえで、駆除が必要な場面も確かにあります。しかし、駆除と予防を両輪とし、さらに「クマのいる自然を前提にした観光・生活のあり方」を築くことで、共存の道が見えてきます。
知床の森を歩けば、そこに生きるクマの気配を感じることができます。それは恐怖であると同時に、人間が忘れがちな「自然の中の一存在」という自覚を思い出させてくれます。
人間とクマの共生は容易ではありません。しかし、その難しさを直視し、具体的な対策と行動を重ねていくことこそが、次世代に「人もクマも生きられる環境」を残す第一歩になるのです。


